2010年06月08日

鉄馬




アメリカン・ニューシネマの代表作である

「イージー・ライダー」



1969年に監督・脚本・主演をした

デニス・ホッパー


そんな彼が残念なことに先月

ハーレーにまたがり

天国へと

ソロツリーングに出かけて行ってしまった

享年74歳





映画にも描かれていた

どこまでも続くフリーウェイ

終わりを知らない地平線

荒野の中を何もにも束縛されず走り抜ける

まさに荒ぶる魂が自由を求め目覚める

Born to Be Wild 




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そして

映画の中で自由の象徴として

描かれるのが


鉄馬

IRON HORSE

Harley‐Davidson

なのだろう





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私が20年前

ジョージア州アトランタで大工の手伝いをしているころ

大工仲間のケニーやポールから

ハーレーに乗り

若き日の頃のやんちゃぶりを聞いていた

その内容はここでは書けませんが

あまりにやんちゃ過ぎるので(笑)

(僕の左右にいるプロレスラーばりのタフガイ達)



大学生の頃

グレンハウンドバスで

アメリカ放浪の旅をしている頃

バスの窓から

地平線から登る太陽と沈む夕日から

大陸のスケールの大きさを肌で感じた


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この大地を

自由の象徴であるハーレーで走れたら



2ヶ月前に

大型自動二輪免許取得に挑戦

念願のライセンスを取得



「45歳過ぎのおじさんが今更バイク?」

「夢を夢のままに終わらせるのが人生なのだろうか?」

「否」

「人生はお一人様1回限り」

何度も何度も

自問自答を繰り返しながら

出した答えが

GOだった




私が生まれたのは

1964年7月20日


翌年の同日

1965年7月20日に

ボブ・ディランのライク・ア・ローリング・ストーンが

アメリカでリリ−スされている

奇しくも僕の誕生日にリリースされた

この曲がたまらなく好きである







歌詞の中で

何度とも繰り返される


How does it feel?

どのように感じるかい?

気分はどうだい?




まさに自分が今の自分に対して

どう思い、どう感じているのか?

今の自分に満足しているか?

と私には聞こえてくる





安定した場所に留まるがゆえに

成長も変化もない

変わらない日常に甘んじるのが

人生なのだろうか?



小さな石でも

ディランのローリング・ストーンというタイトルのように

自分の夢や理想に向かい

荒野であっても絶えず転がり

走り続けるのが人生なのではないだろうか?



ディランの

「どう感じるかい?」

この言葉を

絶えず自分に投げかけたい





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2006 XL1200R

これが僕の鉄馬です!!




(PS)

塚越先生へ ブログを拝見したよ。感謝です。これほどまでに、言葉によって勇気付けられ、人と人とのつながりの温かみを感じたことはないなぁ。本当にありがとう。こちらこそこれからもよろしく!!



posted by MORITA at 10:08| Harley‐Davidson | 更新情報をチェックする

2010年05月04日

大型自動二輪免許 挑戦への結果 



大型自動二輪免許の取得への挑戦
3週間通った地元の自動車学校


先日、遂に教習の最終段階
卒業検定を受検しました



正直、自動二輪の教習がここまでしんどいものだとは・・・・・
自分では、20年前に3年間オートバイに乗っていたので
もう少しスムーズに大型のバイクを操作できるものだと思っていましたが
20年間のブランクは
限りなく”オートバイに乗ったことがない初心者”状態になっていました


二輪の特性上、体でバランスをとる乗り物のゆえ、
四輪よりも反射神経や注意力、
そして、200kg以上の単車を取り回す
体力が求められる乗り物


考えてみれば、
排気量が上がれば上がるほど、
教習の難易度も比例して上がる


でも、年をとると
そういった能力は
どんどん衰えていく
まさに、逆の反比例状態




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実際に教習が始まってみると
二日後にやってくる筋肉痛と
悲鳴をあげる関節痛
改めて、この教習の難易度の高さを実感させられた
正直、完全に甘く考えていました



教習初日、
200kg以上のCB750ccの引き起こしに
膝はがくがく
ふとももはブルブル
なんとか起こす事ができた







第1段階での、難易度の高い課題の数々
だいたい、幅30cm長さ15mの台の上を10秒以上で渡る「一本橋」や
9本の突起が不当等間隔に設けられた長さ9.5mの路面を5秒以上で
それも立ち乗り姿勢で通過する「波状路」など
曲芸に近い



若ければ簡単に克服できたことが、
若者の2倍、3倍の時間と練習をしなければできない
あたりまえなんだけど、やはりキツイの一言







第1段階では、
通常5時間の教習で10時間かかり
第2段階では、
通常7時間が3時間オーバーの10時間かかった


人以上に時間がかかる焦りや
できないことの苛立ち
雨の日に
S字の練習中、3回もオートバイを転倒させてしまった
スネに大きなアザを作りながら
落ち込んだ


「できんなぁ〜、俺」


でも、いつも教える立場の自分が
教えられる立場になったことは
凄く新鮮な気持ちになれたし
生徒目線というものが実感できた
そういった意味では、得るものは大きかったきがする



そして、意外と苦労したのが複雑なコースを覚えることだった
実技がおぼつかないところに暗記の数々
ムムムム・・・・覚えられない
第1・2段階の見極めコース
そして、卒業検定のA・Bコース


毎日、教習が始まる30分前に行き
コースを実際に見ながら覚え
教習後に家に帰ってからコース表を見ながら復習しました
やはり、反復練習と復習が大切と自分自身が実感


卒業検定では、
今まで全く違う2つのコースを覚えないといけないので
卒業検定の前日に、これも教習1時間前に出かけ
Aコースを20分間かけて歩き
卒業検定当日は
Bコースを同じように歩きいて何とかコースを頭に叩きこんだ


そして、結果は






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「合格」




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素直に、うれしかったし
「合格」の言葉を聞いた時
生徒達の顔が自然と浮かんできた


子供達も、高校受験で合格した時、
まさにこの何倍の達成感や充実感を味わっているんだなと思ったし
成功体験こそが、人に大きな自信と成長をもたらせると改めて感じた


40を過ぎるとそうそう学ぶ機会などあるわけではない
今回、大型自動二輪免許取得という形で
自分自身が生徒となった


身を新たな環境に置いてみて
免許を手に入れるという他に
新たな自分を発見できた


やはり、いい大人に落ち着いてはダメですね
いくつになっても「好きなことを見つけようとする」姿勢を持つことが大切ですね








posted by MORITA at 07:08| Harley‐Davidson | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

Born To Be Wild

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もう20年以上も乗っていないオートバイ。振りかえると、今から27年前、大学に入学して、50ccのオートバイに乗り始めた。当時、原付とかゲンチャリ呼ばれていて、友人から譲り受けた、ホンダの赤の”タクト”が僕の最初のオートバイだった。(当時、平針に原付の免許を取りに行って、1回目は、見事に落ちたんだよね。その時、凄くショックで、憂さを晴らすために、名古屋の栄で1人で映画を見たのを覚えている。)タクトといえば、後のスクーターブームの火付け役となった、いわゆる現在のスクーターの基礎となったバイク。









その後に、またまた友人から譲り受けた、タクトより上級モデルとして位置付けられたホンダリーダー。やたらに、大柄な車体で、ウインカーがハンドルが隠れるぐらい大きかった。でも、スピードメーターが当時斬新のデジタルで、かっこよかったね。(その他に、友人が乗っていたスクーターに、ホンダのDJ、スズキのHi,ヤマハのJOG・ミントなんかがあった)大学を卒業してから中型自動二輪の免許を取得。そこから3年間、僕は、本格的にバイクを楽しんだ。3年間で、ヤマハDT125、カワサキGPZ400F、ホンダVF400Fと3台のバイクに乗ったが、一番愛着があったのが、カワサキGPZ400F。



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アッパーカウルからタンク、そしてテイルカウルまでの流れるデザインが美しく、大人の雰囲気を持つバイクだった。空冷二本だしのマフラーにヨシムラの集合管を付け、バックステップ、セパハンと完全に峠を攻める仕様になっていた。当時のGPZ400F のボディカラーは、黒・赤がほとんどだったが、写真の通り赤・黒のボディカラーは、非常に少なく、またそれがたまらなく美しさをかもし出していた。





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80年代後半から90年代前半まで大きなバイクブームだった。国産メーカーがこぞって多種多様のバイクを生産し、ロードレースのへの関心が高まった。平忠彦、ワインガードナー、エディローソン懐かしい。
(鈴鹿8耐は、当時、徹夜して僕も見に行きました。レースの帰りは、皆熱くなって、路上がレース状態になっていた)メーカーがこぞってレーサーレプリカを作り、バブルと重なり、高価なバイクが町中に溢れていた。女性ラーダーも本当に多かった気がする。


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バイクで、どこまでも走った。風の中、自然と一体になる感じが心地よかった。バイク乗りというだけで知らない土地に出かけても、直ぐに友人になれた。でも、本格的にバイクに乗り始めて3年目、ジョージア州アトランタで大工になるために、僕は、バイクに乗ることを止めた。アメリカでの生活がどうなるか分からない状態で、日本にバイクを置いていても仕方が無いと考え、すべて処分してしまった。

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唯一処分できなかったものといえば、大型自動二輪免許を取得し、リッターオーバーのバイクに乗るという憧れだった。その憧れが、今20年の時を経て、燻ぶっていた気持ちが再燃してきたのだろう。まさに、Born To Be Wild!大型自動二輪の免許を取って、車体300kgの単車の取り回しができるように体を鍛え直して、二度目の熱き青春へとGO ひろみ!






posted by MORITA at 06:17| Harley‐Davidson | 更新情報をチェックする

2010年04月26日

あこがれ




「憧れ」という言葉を聞いて

何を思い浮かべますか?



憧れの人

憧れの職業

憧れの選手

憧れのアーティスト



人により思い浮かべることは様々だろうけど

でも、自分が理想とする物事に強く引かれることだったり

そのことを考えると心がホクホクと熱くなること

それが「あこがれ」だと思う




子供の頃

毎日、何かにあこがれていた



ヒーローになりたくて

仮面ライダーが最初の僕の憧れだった

自転車で

ハンドルから両手を離して走る

通称「手放し」



手放しをしながら

仮面ライダーの変身ができるヤツが

仲間内の中で

仮面ライダーになることができた

だから、メチャクチャ練習したよね

手放しを




毎日が楽しくて、楽しくて

わくわくしていた




でも、いつからなんだろう

あこがれることをしなくなったのは

知らないうちに

自分の心がわくわくしなくなったのは

どこに置き忘れてきてしまったのか




50歳を前に

自分の生き方が

白黒の古いテレビ映像に見えてきた

「俺、わくわくしていないな」


多分、

体力的にも、精神的にも

今しかできないことがあると思う

今しかできないことを本気で打ち込む熱みたいなものが

生きることを鮮やかに彩ることになるのだろう



だから、20年前に置き忘れてきた

自分の憧れを追いかけようと思う

それが





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もう一度、オートバイに乗ること

それも、自分をステップアップするために

大型自動二輪の免許をとり

憧れのリッターオバーの単車にのること

20年以上も、バイクから離れていた中年ライダー

いかなることやら



(PS)写真は、20年前のもの!当時は、カワサキGPZ400Fに乗っていました。懐かしい!













posted by MORITA at 08:05| Harley‐Davidson | 更新情報をチェックする
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