2012年08月23日

竹島園地 藤原俊成


こんにちは、守田智司です。


朝、散歩をするようになり

ふだん通り過ぎて眺めているだけだった
街並みやいつもは歩かない路地裏を
ふと立ち止まったり、ゆっくり歩くことで、
そこにある思いもよらない発見や
ほのぼのした気持ちが味わえています




IMG_2562.JPG




先週の日曜日も
朝4時に起きて、5時半ごろから


ぶらりと竹島まで散歩したのですが
竹島園地の藤原俊成卿像の前で
足が止まりました


IMG_2566.JPG




藤原俊成卿像
(蒲郡市竹島町竹島園地内)




藤原俊成卿の碑文を紹介





IMG_2563.JPG



この像は、平安時代に三河の国司として
蒲郡の竹谷、蒲形地区を開発したといわれる藤原俊成卿の像である。


俊成が国司をつとめたのは、久安元年(1145)12月から久安5年(1149)4月まで、
俊成が32歳から36歳までの間、藤原顕広と名のっていたころである。

俊成は、三河湾に面して温暖な景勝地の当地を好み、
当時クスの木などが群生していた荒地の開発等をおしすすめて蒲郡の礎を築いたといわれている。


俊成が開発成就を願って琵琶湖竹生島から勧請したという
俊成ゆかりの竹島は、現在蒲郡のシンボルとなっている。


俊成は、歌人としてもすぐれ、千載和歌集の撰者として知られており、
鎌倉時代の代表的歌人、藤原定家の実父で、平安時代末期から
鎌倉時代初期における業績は現在でも高く評価されている。


この銅像建立は、蒲郡開発の祖ともいえる俊成を通じて、
広く一般に郷土歴史の理解を深め、文化の高揚をはかろうとするものである。


この像は、日本彫刻界の重鎮、文化勲章受章者、
日本芸術院会員の富永直樹先生の制作である。


この「藤原俊成卿像」が、永く市民に親しまれて、
ふるさとの歴史・文化発展の誘因となることを願うものである。

平成三年四月二十八日
蒲郡市

(碑文より)




IMG_2567.JPG



故郷、蒲郡に生まれ、ここで育ち
根っからの蒲郡人なんだけど蒲郡のことを知らない自分がいました

郷土史を知ることで
もっと自分の住んでいる
故郷のことが好きになれるような気がしまいた





蒲郡のシンボルである
竹島をゆっくり歩くことで
今から約860年前に同じよう蒲郡を愛し
この故郷の礎を築いた藤原俊成に出会えました












posted by MORITA at 15:52| ぶらり蒲郡 | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。