2011年08月29日

自転車小僧@


18
歳から21歳の3年間、自転車に夢中になっていた。いわゆる「自転車小僧」だった。高校を卒業してすぐ、18歳の春に、5日間かけて、蒲郡から大阪までの片道200Kmを5日間で往復し、19歳の夏には、蒲郡から東京までの片道300Km6日間で往復した。ちなみに、東京からの帰りは、東京から船に乗り、伊豆大島まで行き、伊豆大島から熱海まで。そこからまた、自転車で箱根峠を越えて帰ってきた。そして、21歳の秋に、蒲郡から琵琶湖1周を自転車で走りぬけた。



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装備も、回を重ねる度にレベルアップしていった。ハンドルには、フロントバッグ、後輪に二つのリヤバッグを装備し、いざとなった時に、野宿できるように寝袋を積んでいた。実際に、走っていて宿が無いと野宿をしていた。

 大阪に向かう時、国道1号線だったが、歩道橋の下に、ビニールシートを引いて、寝袋で寝ていた時のこと。あるご老人と5歳ぐらいの男の子が散歩をしていたのだろう、その5歳ぐらいの男の子が、歩道橋の下で、寝袋で寝ている私を見つけ、「おじいちゃん!大きなみの虫みたいなのがもぞもぞしているよ」という声で目が覚めた時は、けっこう恥ずかしい思いをした。(笑)


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なぜ、自転車に夢中になったかというと、目標があったからだ。西の鈴鹿峠、東の箱根峠を自転車で制覇したいという目標だった。小学校の歴史の授業で、「箱根八里は、馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」を聞いたことがあった。江戸時代、この歌が示すように箱根は大井川と並ぶ東海道の2大難所。箱根八里といわれたこの街道のうち、三島市に属する部分は箱根峠から西側。この峠は伊豆と相模の国境であり、峠の小田原側を東坂、三島側を西坂といった。



「東坂・西坂両方から登りたい。江戸時代の人々は、歩いてこの峠を越えていったわけだから、俺は自転車で越えてみたい。そして、箱根峠を越える前に、練習として、鈴鹿峠を越えてみよう」!多分こんな気持ちになっていたんだと思う。





18
歳の時、なんでもよかった、自分の力がどれぐらいあるのか?今まで1度もやったことのないことで、自分の力を何かで試したいという気持ちが自転車に駆り立てた。目標を立て、「自分1人でやった」という今まで味わったことのない達成感を欲していた時だった。



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以前ブログに掲載した記事を加筆、修正して再記載しました。










posted by MORITA at 09:47| 自己紹介 | 更新情報をチェックする
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