2011年06月09日

今を生きよ


昨日、授業前に受験生達に話したこと



「頑張ったけれども、やっぱり自分は」という言葉を、耳にするけど、君のことをダメだと言うのは友人ですか?兄弟ですか?先生ですか?両親ですか?私は思うんです、自分の生活の何分の一しか見ていない人に君自身の何がわかるというのですか?その人は、君の心の奥まで見てくれていますか?


ダメだと言っているのは、もしかすると自分の心が言っているのではないでしょうか?でも、本当にそう思っているのなら、本気で頑張った後に、溢れ出す君の涙は何なんなのだろう?悔しくて、残念で、たまらない気持ちがあるから、涙が溢れてくるんでしょう。それって、本当はダメな自分が自分じゃないという気持ちのあらわれじゃないんだろうか。


「頑張ってもダメだ」「何どもやってもダメだ」「いつも、いつもアカン」とつぶやいている君!いつもって今までのことだろう。ダメだって言っているのは今日までのことだろう。今からの自分もダメだって誰が決めた。明日の自分もダメだと誰が決めた。周りの人間が君にささやこうが、自分の心が決めつけようが、そんなのは今までの自分しか見つめることのできない奴の言うことだ。私は思うんだよ、自分の価値は、今の自分が決めるものだ。


僕の大好きな曲にさだまさしさんの「主人公」という歌があるが、人生の主人公は間違いなく自分自身であり、君いがいにいないことを忘れるな。自分の人生を他人の目で決めるな。昨日の自分が人生を決めるものであってはならないんだ。今日やろう、今やろうという気持ちが人生を決めていくんだ。


アカン時の自分ばかり見つめていても何も変わりはしないんだ。そういうのを「過去に囚われる」と言うんだよ。過去には、昔を懐かしく思う過去はあっても、引き回され、振り回される過去は無いんだ。君は、何歳になった。14歳、15歳だろ。「おぎゃー」と産まれて、たかが十数年。人生80年生きたとしたら、まだ始まったばかり。それで、全て決まったように言うのは早いよ。


こんな言葉がある

少年易老學難成
一寸光陰不可輕


「少年老いやすく学なりがたし 一寸の光陰軽んずべからず」意味は、若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから若いうちから勉学に励まなければならない、という意味のことわざである。(ウィキペディアより抜粋)


今日、皆に伝えたかったことは、1つは、他人の目で自分を小さくするな!ということ、そして2つめは、アカンかった過去に振り回されるな!私はできませんというような自己限定したらダメだということ。そして、3つめは、時間は無限に或わけではない。未来を切り開くには、”今”を本気で生きてほしいということだ。時間は、あっという間にすぎてしまう。明るい未来も、大きく成長するこれからの自分も、本気で今を生きたかどうかで決まる。それを忘れたらいかんよ!ほいじゃ、授業やるよ!




DSC02251.JPG
posted by MORITA at 00:00| 生徒に伝えたいこと | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。